FHCの零戦22型がレストアを終えて、展示飛行を始めたという。

操縦席後方に偵察員用の座席を設けた戦地応急改造の複座型になっているが、ラバウルの海軍航空廠で残存機を寄せ集めて製作された本物の機体のほうは、21型をベースにしたものが戦後ニューブリテン島沖より引き揚げられて、日本の科学技術館?に展示されている。

22型をベースにした複座型があったのか否か知らないが、複座偵察型零戦は山川大佐のラバウル航空廠で少なくとも2機が製作されている。

1機は現在日本で展示されている機体であり、もう1機は昭和20年3月に川戸さん(川戸正治郎2飛曹)が豪州海軍哨戒艇を攻撃中に被弾撃墜された機体で、もう一人の搭乗員を乗せた侭今もジャッキノット湾の海底に眠っている筈である。

何回か執拗に反復機銃掃射を加え、相当に命中弾を与えた手応えはあったといい、乗機が被弾して、主翼が折れたところ迄は憶えている、後は何日間も水中に居たような気がする。
と、その時の事を話していた。

攻撃された豪州海軍哨戒艇ML825の戦闘詳報でも、零戦が墜落した海面に急行し捜索したが、乗員等は見当たらなかった、とある。

腕を骨折し全身各所に負傷していたというから、どうやって座席の固定バンドを外したものなのか?海中に長い時間昏睡みたいな状態で生きていられるものなのか?そもそも機体ごと海に墜落して生きているというのも、不思議の生である。

2001年夏に母を亡くし、葬式から帰って、川戸さんと一杯やっていた時に、「幾つだった?」「76でした」「なんだ同じ歳か。俺も、もうそろそろいいな」とおっしゃっていたのだが、その年の暮に亡くなられている。

生きて居られたら、嘗ての零戦が飛ぶのでは、又何だかんだとウルサかったことだろうか。