選挙が終って、電話がだいぶ静かになった。

この11月は大統領をはじめ議員の選挙などもあったようで、”接戦”とかで、電話攻勢が何時になく激しかったような。

私は単なる永住権者であり、米国籍ではないので選挙権というものは無いのだが、それを言おうにも相手は録音であるから始末が悪い。
今年は、ご丁寧に選挙人登録の催促の手紙まで来ていた。

投票させてくれるのであれば、”たかが一票されど一票”のデモクラスィ~の、オバマ支持の一票を投じてやったところなのだが。

オバマが予想通り接戦の末再選を果たしているが、相手候補が”なんだかなあ~”ということであり、初回のような熱烈な支持を集めたというわけではないようである。

初の黒人大統領であり、前回選挙では些かオバマ人気が過熱気味であったように思うが、今までは大統領といえば「白人の男」と相場が決まっていたところに、所謂マイノリティのグループからの初の大統領であるから、それなりの歴史的意義はあるのだが、「大統領」として見た場合にはどうだろうか。

JFKのようにカリスマチックなオーラの光芒を放っているわけでなし、ロナルド・レーガンのように演説上手、説法の名手というわけでもなく、特別刮目するような業績もないが、かと言ってこりゃダメだというものも無く、大統領としては至って”凡庸”といったところだろうか。

オバマ政権の最大の功績は「黒人であること」となりそうだが、かつては、レストランや路線バスなどでも「白人用」と「その他の有色人種用」とに座る席も分かれていたといい、明白な「人種差別」の時代があったと云う。
世が世であれば、バーにふらりと吸い込まれがちなオレなどは、一杯やる前に屈強なバーテンダーに早速つまみ出されていたことだろうか。

社会的にも法的にも人種差別というものが否定されてから既に久しい。

ここは米国の北の辺境で、人口の8割が白人という社会であるから”白豪主義”みたいな人種的偏見が必ず底辺にはあるものと”期待”して来たのだが、いわゆる普通のビジネス・パーソンで人種的偏見を持つ者は少なくとも私の知る範囲ではいない。

人の心の深奥はわからないとしても、言動の端々には顕われるものであるし、仮に人種的偏見を持っていたとしても、そのような言動は社会的に許容されないのであるから、同じことであろう。

東京から着任した社長さんが、社内を一巡するなり、「黒人がいる」とおっしゃった事があった。
”さすがアメリカ、人種のルツボだねえ~”とでも言うのかと思いきや、「クロは、頭悪いからダメだよ」との率直な感想にはおそれ入った。

「朝鮮、朝鮮人」や「支那、支那人」等と言うのもその言葉自体が差別用語になるのだとかも聞くが、今の若い人たちはそんなことは無いのだろうが、日本人の年配の方の一部には、根強い人種的偏見があるのに驚く体験を時折している。
残念なことである。


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The White House Photo


レーガン大統領は偉大な大統領として米国民の評価が高いという。
離任にあたってのレーガン大統領の米国民へのアドレス。
「自由とデモクラシィ」という米国本来の価値観を重視し、”人間本来の自由を否定し、人権を蔑ろにする、一党独裁による社会主義国家体制を認めない”という、いわば「真正保守」とでもいうべき思想であり、離任にあたり些か業績を自画自賛の観がしないでもないが、なるほどと共感するところが多い。
日本も3年?も続いた民主党とかのデタラメな”政権後退”政権もやっと解散、年末は総選挙だそうであるが、すっかり劣化してしまった観がある日本立直しの”出でよ、真正保守!”という気がしないでもないが、日本本来の価値観を!と言うことになると、”尊王攘夷”とか”尊皇討奸”になったりしてしまうだろうかw