日本に居た頃は「国籍」などというものは、意識したことは無かった。

 出自は宮城県、伊達藩代々の由緒正しい貧乏百姓の子倅という系譜であるから、夏の旱の心配はしても国籍などというものは考える必要も無いことであった。

 「あなたは何人?」と問われれば、「俺はトーホクズン(東北人)!」と言う意識のみである。

 自分の本来の国ではない「外国」で生活していると、否が応でも自分の国籍ということを意識させられることになる。

 米国の場合「永住権」者であれば、普段の生活は一般米国市民と同等でありさしたる支障は無いのだが、米国籍が無いと選挙権・被選挙権は無く、裁判の陪審員(Jury Duty)になることも出来ない。

 知人が地域の選挙に出馬しても一票応援してやることが出来ない。
おかげでベティは落選した!?

 何度か陪審員の指名を受けたことがあったが、一市民の義務として刑事司法に参加する機会を得るのであるから光栄であり、「ヨーシ全員縛り首にしてやろう!」と張り切っても国籍条項で除外された。

 米軍施設などを訪問する場合、事前に連絡してあっても「外国人」は営門の警衛所で待たされて再度確認されたりして時間がかかることもある。

 パスポートは一つあれば十分であるし国籍を二つ持ったからと言って所得が増えるとかではないので、重国籍所持というのは利便性を追求してのものであろう。

 米国籍を取得すれば市民権が行使出来るし、日本国籍も黙ってそのまま保持していれば将来日本に帰ることになった場合でもスンナリ帰国出来よう。

 トーホクズンが”外国人”として故郷に住んだり、お迎え待ちの高齢者になってから自分の国への帰化手続きなどするのはシンドかろうし。

 どちらの国にも市民として何時でも居住することが可能であれば、その時々の経済や利便性等を睨んで自分に都合の良いほうの国に住む「良いとこ取り」も出来ようか。

 日本など一国一国籍制をとる国では外国籍を取得した場合には、「日本国民は、自己の志望によつて外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う。国籍法第十一条)」などとキビシイことが書かれてはあるが、国籍取得に関しての情報を他国と交換する国際条約などというものは無いので、黙っていればわからない。

 ちなみに税務に関しては日米租税条約が存在し、日本での所得などがある場合は税務署に提出された源泉徴収票の情報がIRSにきちんと提供されている。

 「税逃れを見逃さず、公正な税徴収を行う」ということで税務に関しては国は違えども目的は一致しているが故のことだろうが、税務署というのはなかなか大したものである。

 日本では武蔵野税務署、こちらではIRSの法人税務監査の相手をしたが、そう言えば税務監査官は人種は違えどどちらも似たような雰囲気を持つ人だったような。

 二重国籍者となり二つの祖国を持っことで困る事態があるとすれば、二つの祖国間での係争がエスカレートし所謂「戦争」状態が生じるような究極の事態の場合であろうか。

 ふつう、外国よりの侵略を受けた場合にはこれに抵抗し戦い、国を守ることが国民の義務とされている。

 米国も現在は陸海空軍海兵隊いずれも志願制であるが、国家非情事態には徴兵制を実施できるようになっており、そのための登録や非常時の徴兵実施手順なども定められている。(Selective Service System

 日本は、最高法規である日本国憲法にも非常時の国の防衛のようなことは一切謳われておらず、守られる権利はあってもそれを守る義務は意識する必要が無い、という世界的にも珍しい国であろう。

 そもそも「戦争放棄」をした平和憲法であると学校で習ったが、戦争と言うのは相手があることだから一方的に放棄宣言したからといって相手国が戦争放棄しなければ、攻撃侵略されて戦争をしかけられる機会はなくならない。

 「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。(日本国憲法第九条)」ということであるから正確な表現としては「戦争の放棄」でなくて、「戦力の放棄」なのであろう。

 日本国憲法が成文したのは昭和21年であるから、連合国進駐軍が日本各所に駐留していた占領下であり、憲法の一字一句に連合国軍GHQの「OK」が要った時代である。

 アメリカはじめ連合国には、ガダルカナルから沖縄まで、殺しても殺しても矢弾尽き糧秣が途絶えても抵抗を止めない日本軍による流血の記憶が未だ生々しい時代であり、日本の武装解除を兎も角徹底させること、戦う意志のタマ(魂)を抜くことが何よりも優先事項であったろう。

 日本国はともかくとして、戦争状態になればもう一つの祖国からは侵略に抵抗する義務が求められよう。

 アメリカと日本が70年以上前のように再び戦争状態になる可能性は少なかろうし、日本とフランスやポーランド等の間で武力紛争が起きることも考え難いが、中国、台湾、韓国、北朝鮮、ロシアの周辺諸国とはいずれとも領土や、従軍慰安婦などの歴史認識の係争を日本は抱えている。

 軍事力の増強が著しい中国は尖閣諸島や沖縄は日本が侵略したものとし、歴史を正すとしている。

 暴力で無垢の日本人を拉致するばかりか、日本海の漁場に無警告でミサイルを度々撃ち込むアヴノーマルな共和国も日本海の対岸に存在している。

 日本と周辺国家との間で武力紛争が生じる可能性は残念ながら年々高まって来ており、今や何時でも起こり得ると言うのが現実であろう。

 幸か不幸か、日本国籍を取得し帰化する外国人というのは、朝鮮半島出身者と中国とで85%を占めている。(法務省統計
こうゆうのは多様性とは言わず、”二様性”であろう。

 何故か二重国籍問題にはひどく敏感に反応し、その擁護に熱心な朝日新聞社の言うように、「過度にこれを問題視せず、多様な背景を持つ日本人が胸を張って共に暮らす社会」(2016年11月6日社説)、件の蓮舫民進党代表の言うような、「多様性を認め合う共生社会」もよいのだろうが、究極の事態の場合に、国会議員や国務大臣、或いは自衛官や海上保安官などの職業の者が、”苦渋の選択”などと称して自らのアイデンティティの国にいそいそと帰国し、喜々として対日本戦に加担したり、或いは日本国内で反日・抗日活動に走るようでは困ることだろうか。



 「多様性の象徴でもある私」と自称する民進党代表の蓮舫先生は先日、日本国籍の選択宣言が記されている戸籍の部分等を公開して記者会見をしたという。

 公職にある者の違法性の有無を質すことが、排外主義・差別主義であり、まるで自分は被害者。
今回だけは特別な配慮で公開・説明してあげているのであるから、国民は蓮舫先生に頭を下げてその非礼を詫び、感謝しなければならないような口ぶりである。

 話術の巧さには’自信があるのであろう。

 言い訳は色々喧しいのだが、主権者である国民に証拠を示してきちんと説明が出来ない、或いは説明したくない様な事があるのであれば、国会議員などの公職には就かぬことだ。

 他人の失点には徹底的に追及してあらゆる手段でこれを叩く。話術巧みで言い訳上手、自分には甘く、嘘を吐くことに抵抗が無く胸を張ってキッパリと嘘を吐く。

 そんな醜い日本人が社会の主要な地位に跋扈する”多様性”の国に、日本はなってゆくのだろうか・・・