やれパンデミックだ何だかんだと人間社会は忙しなく日々が過ぎてゆくが、気が付けば自然界はもうすっかり春である。
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 夜中に足早にヒョイヒョイと行くのを1~2度見かけたあとは暫く姿を見なかったので何処かへ去っていったものと思っていたコヨーテだが、裏庭で日向ぼっこ?の毛づくろいしているのを見た時は流石に一瞬わが目を疑った。

 オレの家であるから所謂その他大勢のアメリカの一般庶民住宅であり、敷地も広いものでなく裏庭は金網のフェンスで囲ってあるのだが、扉の下が丁度入れるくらいに抉られていた。コヨーテ自ら檻の中に入って来てるようで何やら可笑しいが、隣近所は犬を飼っているので吠えられる。ウチはもう犬はいないので、ここなら安心して休めるという算段なのであろう。

 家の周りにリスは何時もいるし、ウサギも見た。ネズミも見た。蛇も見た。蛇はガーデン・スネークと言われる小さい可愛らしいものである。ラクーンとパッサムは夜中によく見かける。 ラクーンは鉢合わせすると「ぬ、オレの敷地に怪しいヤツ」と、後ろ足で立ち上がり両手を挙げ体を左右に揺すり「この構え見て隙があったら、どっからなりとも掛かってこんかい!」とばかりに威嚇してくる。俺も同じ構えをして「怪しいのはお前ぢゃ」と知らせてやるのである。時おり芝生の上で大の字になってじっと月をめでたり?している。ラクーンというのは何かしら憎めない。

 よく肥えたラクーンなどは体重もかなりありそうだが、やはりコヨーテが家の敷地辺でこれまで見かけた中では最大級の野生になるであろう。

 このコヨーテは周辺の開発に追われて住宅地へ迷い込んできたものなのだろう。

 「智に働けば角が立つ。情に竿させば流される。意地を通せば窮屈だ。」とかくこの世は住み難いものと明治の文豪は書いているが、「あゝここも住み辛くなった。」「ここも居られない。」とばかりにとうとうこんな所まで流れて来たのかと思えば、全くの知らぬ他人のような気もしなくなる。

 考えてみれば小動物を捕食する肉食獣だからといって、「危険」「害獣」だという理屈もあるまい。

 木の実を食うリスや草食のウサギなどは「良く」て肉食のコヨーテは「悪い」、というのは人間の身勝手な価値観で決めつけているだけの話であろう。草食系・肉食系いずれもが大自然の食物連鎖の中で生きている。肉食獣が小動物を捕食するのは自分たちの食べる分だけであり、無暗やたらと殺戮するということはしない。動物たちは足ることを知っている。 その肉食獣もやがては大地に朽ちて様々な生き物の糧となり白樺の肥やしとなって悠久の命の輪廻を刻んでゆく。

 人間だけは、もっともっととその貪欲に際限(きり)が無い。

 「開発」の名のもとに自然環境を破壊し、「駆除」という怪しげな正義のもとに生き物を殺戮する。 度が過ぎた!と知ると「地球環境保護!」だの「絶滅危惧種!」だのと騒ぎ出すのであるからワケが解らない。 「もっと、もっと!」の我欲の為には嘘をつき誤魔化し人を騙し、時に殺傷することすら厭わないのまで居る。 凡そ自然界よりすれば最も危険で害獣なのは人間ということになろうか。

 コヨーテもこんな住宅地に居ても仕方なかろうからじきに仲間を求めて立ち去るであろうし、指を差して騒ぎ棒を持て追うようなことはせず、好きなだけ休めと其の儘かまわぬこととした。

 しかし、若しも此のまま庭に居つかれたら、そのうち夕方にはコヨーテ連れて散歩してたりして。