Bandoalphaのらく書き帳

吞み代の溜ってしまった日本を逃れ、今は向こう岸に潜むおっさんのブツブツですぅ。 思い付いた時に思いついた事などのテキト~なメモ書きでやんす。 Faith Hope & Love ! Toshi Hino/桧野俊弘 メールは:Bandoalpha@msn.com                                             

2011年04月

福島原発事故

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米国当局による福島原発事故での年間想定被曝量のデータが発表されているようだ。
National Nuclear Security Administration (NNSA), Department of Energyのサイト

放射性物質が現状のまま漏出した場合の年間予測のようだが、17日に東電が発表している「事故の収束に向けた道筋」でも「放射性物質の放出が管理され、放射線量が大幅に抑えられる」とする「ステップ2」に到達するまでに、今から少なくとも6~9ヶ月はかかるとしているので、当該地域被曝量は凡そこの予測に沿ったものになると思われる。

屋内と屋外の被曝量差は考慮していないとのことで、日本の当局の「屋内では4分の1から10分の1」に低減するとの見解とは異なるが、建物の構造や密閉度にもよるだろうし、「普通の生活状態では屋内も屋外も被曝量レベルは変わらない」との実測例もあるようだから、同一線量と考えたほうがむしろ理に適っていそうである。

図の赤色地域は年間被曝量が20ミリシーベルトを超えるので、少なくともこの地域の帰宅は半年以上先、恐らくは1年以上先となるだろうか。
少なくともこの地域では、普通の生活が出来るようにするには、汚染された土壌の徐染作業が必要になるのだろうから、一体どうするのか。

陸地ばかりでなく、海洋への放射性物質漏出がある。

2号機付近から海へ漏出していた放射性物質汚染水は、「520立方メートルで4,700テラ・ベクレルと推定される」という。

4日から9日にかけて”緊急避難”的に放出した放射能低濃度汚染水は1万トンといい、0.15テラ・ベクレルになるという(保安院4月15日)。

保安院は監督官庁として、東京電力に対して、海洋での放射性物質監視強化と報告を指示しているようだが、あまりに役所的であり、これは当事者の東電任せでなく、国の然るべき機関が主体となって監視・データ収集すべきところだろう。

東電は原子力発電所取水口や排出口でのモニターは日頃行っているのだろうが、沖合いの海洋での観測についてはどの程度のスキルや、現在の状況下での余力を持つものか解らない。
保安院から問題指摘があったということで、東電は一部の核種については観測データを現在公表していない。
客観性、信頼性が何より重んじられる放射性物質の汚染というクリテカルな監視問題で、事故の当事者である東電にデータの管理を任せきりというのはないであろう。

文科省も多少の監視体制を敷いているようだが、特に漁獲対象となる海生物、海流や海水層、海底地質なども総合的に考慮したシステマチックなモニター体制を敷いて、人類史上初めてであろう海洋の大規模放射能汚染の全体像データの監視・収集に日本は努めるべきだろう。

海流からすると南の方に流れるようだが、沿岸漁業にとって深刻な死活問題になりかねまい。

放射性物質による障害というのは遅発性であるから、既に頭髪や生殖機能に障害が発生しているようなベビーブーマーのおやぢは兎も角として、子供や将来のある若い人に安全が確認されていないものを食わせるわけにはいくまい。

この海域の魚貝類を安心して国民に消費してもらうには、正確なデータの収集とその開示による以外あるまいが。

今度日本に行った時、俺の好きな回転寿司の〆鯖が喰えなくなるようだと困るのだが。


◇◇◇毎日新聞ネット

東日本大震災:福島第1原発事故 米が推計の累積被ばく線量公表 日本より精緻な分析
◇80キロ圏内で年1ミリシーベルト超え
【ワシントン海保真人】米エネルギー省は、東京電力福島第1原発の周辺地域で事故後1年間に受ける推計の累積被ばく線量の予測図を発表した。推計では、日本政府が「計画的避難区域」の基準とした年間被ばく線量20ミリシーベルトの範囲が、原発から半径30キロ圏を超えて北西方向に40~50キロ程度まで広がっており、先に日本政府が示した汚染拡大の予測とほぼ同じ内容となった。一方、30キロから米国が自国民に退避を求めた80キロまでの広範囲で、平常時の人工的被ばく限度1ミリシーベルトを超える恐れがあることを示している。

 同省に属する国家核安全保障局による18日付の評価結果として発表した。予測図によると福島第1原発から北西へ50キロ近い地点にかけて、1年間とどまり退避しなかった場合、20ミリシーベルトかそれ以上の累積線量を受けると推計される。屋内でも浴びる放射線量は減少しないという仮定の下で推計。1日24時間を屋外で過ごしたという計算と同じことになる。

 日本政府が公表した予測図には、20キロ圏内の累積線量値や1~10ミリシーベルトの低線量の被ばく範囲は示されておらず、米側の方が精緻な内容だ。

 米国は福島の事故を巡り、大気収集機「コンスタントフェニックス」や無人機「グローバルホーク」を派遣するなど、最新機材で独自に情報収集してきた。今回の予測図は、航空機材による計334時間の飛行観測▽日米当局の約15万件の地上での計測値▽大気収集機などでの504件の大気サンプルの収集データ--に基づくもの。

 同省はまた、17日までの計測の結果、放射線のレベルは引き続き低減しているが、原発の周囲の数百キロ四方で水や土壌を含む農業にかかわる監視が必要だとしている。

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110421ddm012040151000c.html
◇◇◇

◇◇◇読売新聞ネット

首相に怒号、避難所で「早く帰らせてくれ」

菅首相は21日、福島県の佐藤雄平知事と会談後、福島第一原発周辺の住民らが避難する同県田村市の市総合体育館を訪れた。
菅首相が姿を現すと、約50人の避難者からは「早く原発を抑えてくれ」「早く、うちへ帰らせてくれ」と怒号が上がった。

 避難住民の一人、同県葛尾村の東海林みゆきさん(51)は、菅首相の去り際に「早く家に帰らせて」と窮状を訴えた。首相は「全力を尽くします」と応じたという。東海林さんは「どんな思いで生活しているか、わかってほしかった」と声を詰まらせた。

(2011年4月21日16時22分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110421-OYT1T00537.htm?from=main1
◇◇◇

風向きか

米海軍の空母ロナルド・レーガンが仙台湾に進出した時
人道支援作戦で飛行したヘリが被曝したというので、機体の徐染は勿論、直ちに母艦を北上退避させ、広い甲板を総出で徐染していた。

日本の報道は、「直ちに健康に影響は無い」という枝野官房長官の公式説明ばかりだったので、米海軍は放射能に極端にナーバスであり、「やけに放射能に弱い原子力空母だな」という印象であった。

最近の報道で、福島第一からの放出放射性物質量はヨウ素131換算で37~63万テラ・ベクレルに達するものとみられるとの話。
大部分は次々と水素爆発を起した時点あたりに飛散したものと思われるが、チェルノブイリ(520万テラ・ベクレルという)と比べてもかなりな量であり、今どきの風向からして大部分が洋上に流れたのだろう。

同型艦を見学した機会が何度かあるが、この型の空母は原子炉(Westinghouse A4W)2基を搭載しており、機関科は一般の水兵であっても原子力関係の教育課程を受けた者ばかりで、原子力については皆よく知っている。
放射能健康管理専任の士官も配置されており、的確な判断と対処の能力を持っている。

必要も無いのに広い甲板の徐染作業などしないから、なるほどそうゆう状況だったのかと今にして理解した次第。

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US NAVY Photo

爆発などがあると盛大に放射性物質を放出するようだが、しかし、風向きが陸それも人口密集地向きだったら大変だったろうか。

レベル7

「レベル7」相当云々と言うのは、原発事故の規模のカテゴリーの問題であるから、放射能漏出レベルがそれなりの量に達した時点で機械的に判断されることであり、あまり悩んだり発表時期を”調整”するようなものではない筈なのだが。

想定放射能漏出量については早い段階で把握していた筈だが、選挙などもあり、国民への発表についてはコントロールしていたというところだろうか。

暴走する原子炉のコントロールは出来ないのに、こうゆうことのコントロールにはひどく熱心というのも困ったものである。

「放射性のヨウ素131換算で、外部への放射性物質の放出量が数万テラベクレル以上」となったか否かの確認に、もしもひと月以上掛るとしたら、それこそ問題であろう。

こうゆう事をしていたのでは、国民は政府の発表を信じて行動していたのでは肝心の時には”殺されてしまう”と思うだろうし、国民と政府の間の信頼関係というのは崩壊していってしまう。

「風評に惑わされずに行動してください」、「買い溜めの必要はありません」等といくら政府が叫んでも国民は聞く耳を持たないということになってしまう。

国民と政府の信頼関係が失われる事になるリスクより、自分達にとってより大切とするものがあると判断していたのだろう。
ひどく価値観の違う人達である。

◇◇◇朝日新聞
レベル7の可能性、3月末には認識 枝野官房長官

福島第一原発事故について枝野幸男官房長官は13日の記者会見で、3月末までに、経済産業省原子力安全・保安院からレベル7に引き上げる可能性について報告を受けていたことを明らかにした。データの精査を指示した結果、4月12日の発表になったという。

 枝野氏は、報告を受けた時点では「根拠が3カ所の放射性物質のデータに基づくもので、確信を持って言える状況ではなかった」と説明。確実な分析を指示した結果、11日夕方に保安院と原子力安全委員会からレベル7に相当するという最終報告があった。このため菅直人首相に報告した上で12日に公表したという。

 先月のうちに引き上げなかった判断について枝野氏は、「間違いになる可能性がある段階では、政府として申し上げるのは困難だ」と説明した。

 これに関連し、菅政権の別の政府高官は12日夜、3月15~17日の時点で、すでにレベル7に相当する量の放射性物質が放出されていたとの見方を示した。この高官は「引き上げるタイミングが適切だったのだろうかと正直思っている」と語り、認定が後手に回ったとの認識を示した。

http://www.asahi.com/national/update/0413/TKY201104130085.html
◇◇◇

余震

もう震災から一と月経つわけだが、いまだに余震がほぼ毎日あった。
それも「ドドド-ッ」という体感のかなりなモノが来る。

親族や知人を失った人は余震の度にあの日を呼び戻されるだろうから、辛いだろうか。

被災者には気の毒だが、地殻変動によるエネルギーが放出されて地球が落ち着くまで暫くこれは続くようだ。

東北新幹線は12日から東京ー福島が再開し、福島ー仙台間は東北本線の快速の運行が再開されるという。
東京ー仙台はこれで最短3時間で繋がるというから、悪くは無い。

福島の東電原発のほうは、綱渡りが続いているようである。

圧力容器内炉心の状況がどうも完全には把握されていないようであり、炉心内の燃料棒が破損しているとみ
られるので、勝手な核反応(再臨界)が一部で生じている可能性が高いのだろう。

本日原子炉事故のレベルを5から7に引き上げたとのことだが、レベル7に相当する多量の放射性物質が大気中に放出されたというのは、1と月も前の話であり、それが今解ったというのは可笑しな話であるから、外国からいずれ報道され、それを追認するのではどうも自分達に具合が悪いので、政府は「隠し切れなくなって、仕方無しにレベル・アップを認めた」という可能性が高かろう。

住民避難地域の拡大が図られているようだが、避難というのは住民の安全確保が目的なのであるから、十分な安全余裕を設定する必要があることからすれば、半径20kmとか30kmとかは不十分であろう。
SPEEDI情報も、暫くの間非公開扱いが為され、国民には伏せられていたようだが、人口密度の高い日本では住民避難というのが容易なことではない事を考慮すれば、単に原発からの直線距離で避難地域を設定するので無く、SPEEDIの資料などを活用したきめ細かい、そして柔軟な避難計画が必要だろう。

東大病院のチームによる原発事故問題の解説は興味深い。
http://tnakagawa.exblog.jp/15158073/

内閣府によるSPEEDI試算の発表(3・23)
http://www.nsc.go.jp/info/110323_top_siryo.pdf


◇◇◇毎日新聞
福島第1原発:最悪レベル7 チェルノブイリに並ぶ

政府は12日、東京電力福島第1原発1~3号機の事故について、原子力施設事故の深刻度を示す国際評価尺度(INES)で、最も深刻なレベル7(暫定)に相当すると発表した。1~3号機では東日本大震災に伴い、原子炉や使用済み核燃料プールの冷却機能が失われ、水素爆発などで大量の放射性物質が外部に放出される事態に陥っている。史上最悪の原発事故と言われた86年のチェルノブイリ原発事故(旧ソ連)と同じレベルに並んだが、経済産業省原子力安全・保安院によると、放出量は同事故の約10分の1とみられるという。

 チェルノブイリ事故で放出された放射性物質の量は520万テラベクレル(ベクレルは放射線を出す能力の強さ、テラは1兆倍)。これに対し、今回の事故で放出された量を、保安院は37万テラベクレル、内閣府原子力安全委員会は63万テラベクレルと推定している。

 INESは、国際原子力機関(IAEA)が定めた世界共通の尺度。0~7までの8段階で評価する。数値が大きいほど深刻さを増す。INESでは、数万テラベクレル相当の放射性物質の外部放出がある場合をレベル7と定めている。

 安全委は原発周辺で計測された放射線量などから、事故直後から4月5日までの間の大気中への放出量の逆算を試みた。各号機ごとの放出量は特定できていない。また、保安院は炉内の状態から試算した。

 安全委は11日、福島第1原発事故について、発生当初から数時間、1時間当たり最大1万テラベクレルの放射性物質を放出していたとの見解を示した。放射性物質の相当量は3月15日に爆発が起きて損傷した疑いがある2号機の圧力抑制プール付近から放出され、現在は1時間当たり1テラベクレル程度まで落ちているとみている。

 保安院は3月18日、福島第1原発1~3号機の暫定評価を「施設外へのリスクを伴う事故」のレベル5と発表していたが、今回の事故は数時間の放出でレベル7に相当すると判断し、評価尺度を引き上げた。

 原子力施設の事故を巡ってはこのほか、炉心溶融が起き、放射性物質が外部に放出された79年の米スリーマイル島原発事故がレベル5。国内では99年のJCOウラン燃料加工施設臨界事故がレベル4で最高だった。

 東電の松本純一原子力・立地本部長代理は12日、「事故の様相は違うとはいえ、放射性物質の放出量から見てチェルノブイリ事故に匹敵する、あるいは超えるかもしれない事故になったことを重く受け止めている」と述べた。【河内敏康、八田浩輔、山田大輔】

 【ことば】チェルノブイリ原発事故

 1986年4月26日、旧ソ連のチェルノブイリ原発4号炉で出力が急上昇して制御がきかなくなり爆発、原子炉や建屋が破壊された。火災も発生し大量の放射性物質が飛散し、北半球全体で放射能が検出される未曽有の事故になった。この事故で原発職員や消防士31人が死亡、周辺住民ら数百万人が被ばくした。世界保健機関(WHO)によると、事故起因のがんで9000人が死亡。ウクライナでは、事故後に生まれた子どもが甲状腺がんを発症するなど被害は今も続いている。

http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/nuclear/news/20110412k0000e040006000c.html
◇◇◇

◇◇◇河北新報
福島原発の年間被ばく量推定 IRSNが地図を公表

【パリ共同】フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)は12日までに、福島第1原発事故で放出された放射性物質による1年間の推定積算被ばく量を示す地図を公表した。それによると、原発から30キロ圏外にある福島県飯館村や川俣町の一部で30ミリシーベルトを超える恐れがあることが分かった。
 米エネルギー省が3月30日から4月3日にかけて観測した結果を基に計算した。
 IRSNによると、積算被ばく量の多い地域は米エネルギー省の観測と同様、福島原発から北西地域に帯状に延び、30キロ圏外の2カ所で30ミリシーベルト超となった。
 IRSNは、放射性物質の広がる範囲について原発からの距離だけではなく、風向きや降水、降雪の影響を受けると指摘。今後もデータ収集に努め、より正確な推定地図を作る意向を示している。
 日本政府は11日、川俣町の一部や飯館村など、福島第1原発から半径20キロの避難指示地域の外側で、事故発生から1年以内の積算放射線量が20ミリシーベルトに達する恐れのある地域を計画的避難区域に指定する方針を発表した。

http://www.kahoku.co.jp/news/2011/04/2011041201000242.htm
◇◇◇

仙台へ

宮城県の親の家は名取市にあるのだが、海からは離れた丘陵地帯に在るので津波の被害は被らなかった。

家では2階の書棚が倒れた程度の震災被害との話であり、津波を被ったところとそうでない所とでは、天国と地獄の差があるようである。
先週手伝い方々行ってきた。

行くに当って交通機関の状況をネットで色々調べたのだが、東北新幹線は動いておらず(4月末復旧の予定?)、東京ー仙台間の高速バスも完全復旧しておらず運行数も少なく、予約も取れない状況であった。
山形ー仙台間のバスが相当数運行しているようで、利用者も行列するほどのようだが、東京から山形迄出るJRが意外と不便であり、バスの予約も難しい。
余震も連日あるとの話であり、東北地域は全てが未だ不安定であり、乗換えが多ければ、それだけ不慮のスケジュール変更の危険性も増すことにもなる。

新潟から仙台行きの高速バスがあり、これが意外と空いていた。

東京ー新潟は上越新幹線で直行出来る。 上越新幹線は通常運行しており問題はない。
新潟交通の仙台行き高速バスと、新潟駅前のビジネス・ホテル一泊を確保した。

シアトルから成田行きの便だが、北海道辺りから南下するのに何時もの太平洋岸沿いでなく、日本海に回って日本海側より成田へアプローチしている。
フクシマ原発事故については、半径30Km高度3万8千?フィートの飛行制限NOTAMが出ている由だが、その影響だろうか。
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成田エクスプレスは節電の為とかで運休していたが、通常の快速での東京駅までの時間も左程変わらない。
上越新幹線は2時間で新潟駅着。
駅前の「新潟第一ホテル」だが、格安(素泊3,500円)であり、部屋は狭いがバスタブもシャワーも有り、必要にして十分であった。
ホテルでのネットで、JRが4月2日より仙台ー岩沼間の列車運行を始める予定であることを知る。 2日に仙台に入る予定であり、名取までは最悪の場合歩くことを想定していたが、オンタイムの運行再開に歓喜する。
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名取では未だ都市ガス(仙台市ガス)が復旧していないとの事だったので、ホテルで朝風呂に浸かり、帰りは成田空港にあるシャワー施設を利用する積りでいたのだが、名取に着いてみると前日にガス供給が復旧したとの事で、これもラッキーな事であった。
他都道府県から2700名以上の応援部隊を得て仙台市ガスは復旧に努めていたとの話だが、名取の我が家に来た人は新潟ガスの方だったという。 震災以来やっと風呂に入れるということで、新潟ガスの方が神様仏様に見えたことであろう。
新潟交通の仙台行き高速バスは磐越道を通ってゆく。 懐かしい会津只見の辺りは未だ雪が多く残っていた。
「緊急」車両のステッカーがモノモノしいが、これがあると燃料油の供給が優先して受けられるようである。
普段の磐越道を知らないのだが、タンクローリー車が多かった。 仙台ではガソリン不足が続いていると言い、東北へ東北へと向かうタンンクローリーの車列は頼もしかった。
バスは満席。 乗客の中に一人のアメリカ人が居た。 聞けば国際支援組織のロジステック担当なのだという。 日本語は出来ないのだがニューヨークから来て、これから派遣先の仙台に一人で行くというのも頼もしい。
隣席は長野からの方だったが、色々なお話を伺い、車窓の風景に見とれていたら、4時間(途中休憩2回)はあったと言う間で仙台に着いた。
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仙台駅の立ち食い蕎麦屋「杜」は既に操業再開していた。 食材が揃わぬそうで、提供メニューは半分くらいか。
「半田屋」も再開していた。 フォーラスは閉まっていたので「北京餃子」は未だ再開していないようだが、”盛りの都”の完全再開ももう直ぐだろう。
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地元の百貨店「藤崎」の前には河北新報?の掲示板が立てられていた。
津波の記事に見入る人や、道行く人にはリュックを背負ったイデタチが目に付く。 歩くことが基本ということだろうか。
こちらも名取駅からは歩く覚悟でいたのだが、難無く名取駅前でタクシーを拾うことが出来た。
年配の運転手で、菅野豆腐屋を知っており話が早かった。 聞けばタクシー会社でも2人の運転手が行方不明なのだという。 夫々紙一重の運不運であり、まさに運命というものか。
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名取ヶ丘から自転車で下り、JRの線路を越えて少し行くと、「ここまで来たのか」の津波の爪跡があった。11bc0439.jpg


路傍の豚君のご遺体。
美味しいハムやとんかつになることも無く、津波に呑まれて哀れトン死だったろうか。
もう20日以上になるから、処理しないと衛生上の問題もあるだろうが、手が回らないのだろう。
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潮水に浸かった田んぼというのは数年稲作は無理なような話も聞くが。
米どころの仙台平野の相当な部分が潮を被ったのであり、宮城の米作りはどうなるのか。
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何処も彼処もゴミの山。 舞い上がる埃と異臭には些か閉口する。
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仙台空港、航空大学校仙台分校。 ・・・だった所と言うのが正確だろうか。
飛行場に展示してあった伊藤忠N-62も”流された”との若い人の話であった。 残骸くらい残ってないかと思ったが、捜すのは無理であった。
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仙台空港。 破壊された小型機がアチコチ散在する半面、米軍がいち早く飛行場機能を啓開しており、C-130やC-17が爆音逞しく離着陸していた。 オーストラリア空軍のC-17も来ていたという。
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名取以南の県南部は名古屋の第10師団の災害派遣部隊が担当しているようである。
「3月11日(金)午後2時46分、宮城県沖を震源とするマグニチュード9.0の地震発生に伴い、第10師団は午後9時 6分、第3種非常勤務態勢に移行、午後9時50分、師団司令部先遣隊が仙台駐屯地へ向け前進開始

午後10時56分、第35普通科連隊(名古屋市守山区)をかわきりに、各部隊は活動拠点となる船岡駐屯地(宮城県柴田郡柴田町)を目指し駐屯地を出発。
3月12日夜、船岡駐屯地に集結した各部隊は、第2施設団(宮城県柴田郡柴田町)等からの申し受けを実施し、速やかに人命救助に当たった。」(第10師団ホームページより)
と言うから対応も迅速であり、本来の災害派遣業務の他にも、名古屋名物のきしめんやういろうの隊員浄財による避難者へのサービスや、師団音楽隊が被災小学校の卒業式に演奏の花を添える等、よくやってくれているようである。

廃業したボーリング場(空港ボール)が名取市の御遺体臨時安置所になっていた。 肉親を捜し求める人だろうか、車両や自転車で訪れる人の姿が哀しい。

近辺の捜索は粗方終わっているようだが、津波に呑まれた場合には遥か沖合いまでもって行かれるだろうし、犠牲者の半分は御遺体すら見つからぬ、気の毒なことになりそうである。

滞在中にガソリンも十分行き渡って来たようで、ガス・スタンドの行列も解消されていた。
スーパーやコンビニも、ほぼ平常営業に戻っており、一部商品が入荷しないものはあるようだが、概して品数も豊富であり、徐々に平常の生活テンポに戻りつつあった。

石巻のかまぼこ屋「白謙」の売店は、商品棚が空であった。
それでも売り子のおばさんは店に立っており、「連休明けを目途に再開の予定です。宜しくお願いします」とのことであった。
待っています。頑張って下さい。としか言いようが無かった。

「白謙」は名も売れておりそのような大手は未だよいのだろう。 名取辺りにも家族経営の零細な蒲鉾屋がいくつかある。 蒲鉾屋ばかりではないが、無名の零細小企業にとっては、これから乗り越えなければならない本当の波が来る。

地元の七十七銀行は震災発生後も一日も閉店しなかったという。 復興融資にも前向きのようだが、リスクを呑んでまでビジネスは出来まい。復興には先ず資金融通だが、行政による実情に即した柔軟で思い切った、そして迅速な対応を皆望んでいよう。

姪の○よ子は日赤に勤務している関係で、地震発生直後から県災害対策本部に詰めたという。
自衛隊の観測ヘリからの津波中継映像を眺めて、多賀城の母も名取もこれではダメだな、この歳で私も孤児になるのかなあ~、と思ったのだという。
その後も泊りがけで勤務していたようだが、風邪をひいたらしく私の滞在中に熱を出して倒れてしまった。
過労というよりは、アメリカの変なおぢさんが又来たので頭が痛くなってしまったようだ。

何の役にも立たず、邪魔になるだけだと解ったので、早々に引き揚げることとした。 
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