Bandoalphaのらく書き帳

吞み代の溜ってしまった日本を逃れ、今は向こう岸に潜むおっさんのブツブツですぅ。 思い付いた時に思いついた事などのテキト~なメモ書きでやんす。 Faith Hope & Love ! Toshi Hino/桧野俊弘 メールは:Bandoalpha@msn.com                                             

2011年05月

ステルス・ヘリ

破壊されたステルス・ヘリの現場に残っていたと云う、フュエル・キャップ。
181USガロンの刻印が見える。
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ステルス・ヘリはMH-60にステルス性を付与したものだというが、元型のUH-60のフュエル・タンクはキャビン後方胴体内に、自動漏洩防止式の複合材積層による耐弾性の高い180ガロンのタンクが2個設置されている。
給油口は其々のタンク用の重力給油口が左右に一個づつ。一点加圧給油口が左側に設けられている。
UH-60A FUEL SYSTEM

ステルス・ヘリは全体に角張った形だといい、MH-60より数百ポンド重量が増加しているという(前掲元160thのアビエター談)。
ボーイングに発注されたというから、印象としては計画中止になってしまったボーイング・シコルスキーRAH-66に近い感じだろうか。

イラクでD1ノズルを結合し加圧給油中のUH-60。 ローターは回っているようである。
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ARMY Photo

Operation Neptune's Spear

Abbottabadというのは地図で見ると首都イスラマバッドから北に50Km(31マイル)位のところのようだ。
標高が4,134ftというからかなりな高原である()。

Google Earthで眺めてみるとゴルフ場などもあり、かなり開けたところである。
ウサマ・ビン・ラデンはここの大邸宅に居を構えて数年居たという。

首都の防空空域圏内になるといい、上空の警戒は厳重であるから、米軍機がパキスタン政府の許可なく勝手に侵入して空爆などは事実上不可能なところである。
相手の懐深く入ってしまえば却って安全ともいえるが、なにかしらパキスタン政府の直接間接の庇護があったようにも思える。

今回の急襲は米軍単独での作戦だといい、パキスタン政府には事前の通知はされなかったという。
パキスタン側に事前に知らせれば、逃げられていたということだろう。

言う迄もないことだが、パキスタンは核兵器保有国である。
国内にはアルカイダをはじめとする抵抗勢力が跋扈しており、内戦があり、政府軍が入れず中央政府がコントロール出来ない地域も厳然として存在する。 インドとの敵対関係から、国力に比して相当無理をして核兵器を保持しているといえるだろうか。
考えてみると、現代の世界というのは怖いところがある。

特殊部隊の”足”となる160th SOAR()は、この作戦のための特別任務飛行隊(160th Task Force)をアフガニスタンのJalalabadに前進させ、そこからレーダ探知を避けた地形追随NOE飛行で目標まで侵入している。
経路は山岳地帯であり標高が高く、直線距離で片道260Km程であり、それも夜間である。 優秀者の中から更に選抜されたパイロットとは言え、ヘリにとってはギリギリ限界の作戦行動だったろうか。

作戦時に1機がクラッシュし機密保全のために焼却破壊されたが、屋敷の塀の外に落ちた尾部が残っていた。
驚くべきことに、今まで存在が知られていなかった「ステルス・ヘリ」がこの作戦に投入されていた。

MH-60をベースにロッキード・マーチンのスカンク・ワークスでステルス性を付与したものだといい、99-2000年頃何機かが調達されてネバダ(エリア51だろう)で試験や訓練を行っていたという()。
ただこの計画は途中で中止になったとも言うから、新たな改良型なのか、全く別の新型機である可能性もある。

前進角を持った水平安定板、特殊なテイル・ローター及びハブ・カバー、異様に膨らんだテイル部、光線の具合で黒くも銀色にも映る金属粉を含むというステルス塗装などがわかる。
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作戦はホワイトハウス地下のSituation Roomで大統領らが現地からの実況に終始立ち会っていたという。
前面のスクリーンには現地からの実況映像が時々途切れながらも映されていたという。
作戦指揮の必要がある関係か、JSOC()の副司令官のWebb空軍准将が”大統領席”に座っている。
オバマ大統領はじめ、副大統領、国防長官、CIA長官等錚々たる顔ぶれだが、ヒラリー国務長官の前のウサマ屋敷の写真のようなものには機密保全のためモザイクがかけられているのが興味深い。
卓上の”官品”ラップトップはHP製のようであるが。
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The White House Photo

ちなみに、現地時間0115の突入から撤収まで38分間だったというこの作戦のコード名は「Neptune Spear」。 目標のウサマ・ビン・ラデンのコード名が「Jackpot」で、ビン・ラデンを殺害もしくは捕縛に成功した場合のコードが、「Geronimo」だったという()。

NAVY SEAL Team 6

ウサマ・ビン・ラデンを殺害したからといって、ビン・ラデンに殺された数千の生命が還ってくるわけではないのだが、やはり一つのけじめ、区切りではあるだろうか。

ビン・ラデンの居た家というのは、3階建ての大きな家で息子や何番目かの夫人等の家族も同居していたというから、誰かの家に匿ってもらっていたというより、これは自分の居宅ということだろう。

屋敷も大きいが、ベッドのある寝室などもなかなか近代的で、所謂贅沢な邸宅であり、今まで伝え聞いていた「極めて質素な生活をしている」との印象とは隔たりが大きい。

「捕まるよりは自ら死を選ぶ」のは伝え聞いていたところで、これはその通りになったから、敵の銃弾に倒れた最期は本人も望むところだったろう。

CIAやNSAなどの諜報機関による過去何年にも亘る地道な情報収集が遂に功を奏して、居所を突き止めたというところだが、アフガン・パキスタンの国境地帯でなく、首都イスラマバッド近郊とは予想外で、思い切った浸透であり、さすがというところか。
ビン・ラデンの邸宅があった首都近郊の町は、パキスタン軍の陸軍士官学校が所在する所というから、パキスタン政府は些か苦しい立場になりそうだが。

襲撃を実施したのはSEALsのTeam 6と言われる特殊部隊だが()、NAVY SEALs自体が水際での戦闘を得意とする特殊部隊だが、その中から更に選抜された対テロ戦専用の特殊部隊であるから、精鋭中の精鋭か。

アフガニスタン内の基地で今回の襲撃の訓練を重ねたのち、40名の部隊は暗夜密かにパキスタン領内に移動し、MH-47、MH-60の特殊戦ヘリ4機で午前1時15分に目標に突入したようだ。 建物に突入したのはリペリングで降下した24名という。
その他にも空軍機などが支援の体制を敷いていたというから、それなりに大掛かりな作戦だったろう()。

居宅を精密空爆で徹底破壊しその後検視という手段もあったろうが、チャンスは2度と無いかも知れぬ最重要目標であり、最も確実な特殊部隊による突入という手段が選ばれたのだろう。

通信傍受を恐れて電話もインターネットも引いていない家だったそうで、ゴミも屋敷内で焼却処理していたそうだが、PCのHDDなどの資料を押収したというから、対テロ戦争には押収資料のほうがビン・ラデン殺害より価値がありそうだ。

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2005年6月15日の状態
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2011年1月15日
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Photo: Digital Globe

遂に捕捉 ー ビン・ラデン

今日は一日良い天気であった。 暖かさに誘われて外をぶらぶらし庭掃除をして部屋に戻ると、オバマ大統領のアナウンスが流れていた。

ウサマ・ビン・ラデンをパキスタン領内で捕捉し、特殊部隊が急襲、銃撃戦を交えこれを射殺したという。

2001年の9・11からほぼ10年にしてやっとアル・カイダの首領を捕捉し射殺することが出来た。

まだ詳細は不明なところが多いが、昨年8月頃に今回の作戦に結びつく情報を得、今年2月の時点で情報の確度の高さを確認出来、先週「間違いない」ことを確信、大統領の命令で作戦が実行されたという。

パキスタンの首都イスラマバッドの北方60マイルの「Abbottabad」という町だという。
ウサマの隠れ家は2005年頃にウサマ用に特別に作られたものだといい、米軍特殊部隊がヘリ4機で急襲。
銃撃戦になり、ウサマとその息子など3名が射殺されたという。
特殊部隊側はヘリ1機が”故障”で現場に不時着したが、隊員に死傷は無かったという。
ヘリはパキスタン軍の基地から発進したとの話があり、昨年来の情報収集にはパキスタンの情報機関の協力があったという。

それにしてもパキスタンの首都近郊というのは、意外と言うかなるほどと言うか。


The White House

新しい基準値?

枝野官房長官の説明が正しいとすれば、高木義明文部科学大臣もこの20ミリ・シーベルトについては、全くの誤解をしていることになるだろうか。

◇◇引用
「御承知のとおり、この暫定的な考え方というのは、ICRP2007年勧告の非常事態収束後の参考レベルの年間20ミリシーベルトを参考にしたのもであります。この年間20ミリシーベルトというのは、大人にも子どもにも適用できるということになっております。
 したがって、私どもとしましては、子どもたちの安全確保と同時に、やはり学ぶ機会といいますか、学校で、ある意味では十分な活動ができるということの観点も含めて、私どもとしては年間1から20ミリシーベルトの許容範囲内での値、20ミリシーベルトを暫定的な目安としております。」

「これは重ねて申し上げますけれども、一定の暫定の基準でありまして、それ以内であればということの科学的知見と私たちは受け止めております」

引用:木義明文部科学大臣記者会見録(平成23年4月22日)
◇◇

枝野官房長官は、実際運用上の目安として想定している値と言うのが実はあるのであれば、早くそれを示してやる事だろう。
子供が年間20ミリ・シーベルトも被曝することになるのかと心配している福島の親達や、心痛している学者などを安心させることが出来よう。
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