福島県が、平成24年9月21日付けで、さりげなく発表しているのだが。
「平成23年3月11日~3月31日(東日本大震災発生以降)にモニタリングポストで測定された空間線量率等の測定結果について」ー福島県HP
福島県は県内に原発が建設されるのに伴い、「福島県原子力センター」という組織を設け、原発周辺地域23箇所にモニタリングポスト等を設置して環境放射線の常時測定をしている。(福島県原子力センターHP)
モニタリングポストで観測された測定値は専用回線で同センターに送られ、リアルタイムで環境放射線の状態を把握している。
2011年3月11日の災害発生時には、津波で流されたポスト(局)もあり、停電もあったが、「13局は非常用電源により3月13日~3月15日まで稼働。」「5局は停電せず3月末まで稼働。」したとある。
「通信回線の断線」も生じたとあるが、この”通信回線”というのがモニタリング用専用回線のことなのか否か判然とはしないが、例え専用回線が破断し修復に時間がかかる状況に陥ったとしても、局を回ってデータを回収することは可能であろう。
3月11日は、福島第一では全交流電源を喪失して原子炉の冷却が出来なくなったとみて吉田所長は16時40分に、原子力災害対策特別措置法(電力会社に緊急時通報の義務があるという)に基き、経済産業省、福島県、大熊町、双葉町あてにファックス送信(第2報ファックス)を行なっている。
”詳細状況は不明だが原発に異常事態が発生している”という状況になったのであるから、原発周辺地域の環境モニタリング・データの収集は緊急かつ重要なファクターになる。
”係りの職員が全員逃げてしまった”とでも言うなら別だが、モニタリング・データはほぼリアルタイムで、12日の空間放射線量最大値を観測した時も把握されていたことであろう。
少なくとも1年半もデータを把握するのにかかるような話ではないから、何かの都合で1年半公表を控えていたのであろう。
1.59mSv/hという値は、一般人の年間被曝限度である1mSvどころか、放射線作業従事者の年間許容被曝限度である20mSvに12時間半で達する放射線量である。
こうゆうデータを住民に隠して、「直ちに健康に影響は無い」などと言うのは、犯罪行為である!と、中部大学の武田邦彦教授などが怒るのも当然である。(時事寸評 福島 最大の線量率(1時間1.6ミリシーベルト!)
福島県知事は憮然とした表情で東電や政府などの謝罪訪問を受け入れて、”全くの被害者”の立場の顔を見せていたが、なかなかどうして。
心配なのは他にも隠してることがある可能性が考えられてしまうことである。
福島産の農産物や水産物にも、1年半くらい経ってから、あんたの食べたもの実は放射線最大の大当たりでしたwというのではシャレにもならない。
現在も続く、こうゆう非常事態下では特に最も大切である「信用」というものを、福島県自らが失うような真似をしてどうするのか。
備考:
「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震について」の政府緊急災害対策本部による12日2050時点での発表だが、これによると原発敷地内のモニタリングポストMP4において、12日1529時に1015μSv/hの高い放射線が記録されたとしている。
双葉町で、1590μSv/hが記録されたのは12日1500であるから、データには整合性がなく、謎が多い。
何を信じてよいのやら(苦笑)
「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震について」
◇◇◇引用:日経
事故翌日の双葉町で1590マイクロシーベルト 原発外では最大
2012/9/21 23:27 ニュースソース 日本経済新聞 電子版 福島県は21日、東京電力福島第1原子力発電所事故が起きた昨年3月11日から31日までの、放射性物質の飛散状況をモニタリングポストで観測した結果を公表した。空間放射線量の最大値は、原発から北西に約5.6キロの双葉町上羽鳥で、12日午後3時に毎時1590マイクロシーベルトを記録した。
県によると、原発敷地外ではこれまでで最も高い。一般の人の被曝(ひばく)線量限度は年間1ミリシーベルト(千マイクロシーベルト)で、これを1時間で超える数値。
同原発1号機では12日午前に格納容器の圧力を下げる蒸気排出(ベント)作業を開始。午後2時半ごろ、格納容器の圧力が低下し、午後3時36分ごろ水素爆発した。1590マイクロシーベルトを記録したのは爆発の前。県は「爆発の前から放射性物質が漏れ出していたと考えられる」としている。
県は原発周辺25カ所のモニタリングポストについて、震災や津波で通信回線が途絶えるなどした箇所があったため、データの回収を進めていた。〔共同〕
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG21058_R20C12A9CR8000/
◇◇◇
◇◇◇引用:河北新報
水素爆発前に線量急上昇 福島第1事故直後 福島・双葉町
福島第1原発事故で、福島県が双葉町に設けたモニタリングポストが事故直後の昨年3月12日、最高毎時1590マイクロシーベルトの空間放射線量を計測していたことが21日、分かった。県によると、原発敷地外でこれほど高い線量が計測された例はない。
ポストの設置地点は原発の北西約5.6キロの双葉町上羽鳥地区で、最高値は最初の水素爆発となる1号機の爆発が起きる約30分前の12日午後3時に計測された。
計測値は12日午前に上昇を始めていて、県原子力安全対策課は「何らかの原因で放射性物質の漏えいがあったと思われる」としている。同日午前に原子炉格納容器の圧力を下げるベントが始まったが、その影響は考えにくいという。
県は原発事故で計測値の送信が途絶えたポストのうち19地点のポストに残っているデータを回収し、分析した。原発北側では12日ごろ、南側は15日ごろに線量の上昇やピークの傾向がみられる。
2012年09月22日土曜日
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/09/20120922t63021.htm
◇◇◇
◇◇◇引用:朝日新聞
福島・双葉町、事故直後1590マイクロシーベルト
福島県は21日、東京電力福島第一原発の周辺で昨年3月に測定した空間放射線量の結果を発表した。同原発から北西5.6キロの双葉町上羽鳥で毎時1590マイクロシーベルトと、発電所の敷地外では、県がこれまでに把握している中では最も高い値が出た。
原発周辺に設置されていた19局のモニタリングポストに残っていた昨年3月11日~31日のデータを取りまとめた。双葉町山田では16日午前0時に同1020マイクロシーベルト、同町新山で12日午後5時に毎時904マイクロシーベルトだった。
県によると、原発の北側のモニタリングポストでは12日から、楢葉町や広野町など南側は15日から放射線量が上がる傾向があった。
また、上羽鳥の場合、同原発1号機の水素爆発よりも前の12日午後3時に最大値を観測しており、県は「爆発前から放射性物質が漏れていた」と見ている。今後、風向きや風速など、詳細な分析をするという。
http://www.asahi.com/national/update/0922/TKY201209220154.html
◇◇◇
「平成23年3月11日~3月31日(東日本大震災発生以降)にモニタリングポストで測定された空間線量率等の測定結果について」ー福島県HP
福島県は県内に原発が建設されるのに伴い、「福島県原子力センター」という組織を設け、原発周辺地域23箇所にモニタリングポスト等を設置して環境放射線の常時測定をしている。(福島県原子力センターHP)
モニタリングポストで観測された測定値は専用回線で同センターに送られ、リアルタイムで環境放射線の状態を把握している。
2011年3月11日の災害発生時には、津波で流されたポスト(局)もあり、停電もあったが、「13局は非常用電源により3月13日~3月15日まで稼働。」「5局は停電せず3月末まで稼働。」したとある。
「通信回線の断線」も生じたとあるが、この”通信回線”というのがモニタリング用専用回線のことなのか否か判然とはしないが、例え専用回線が破断し修復に時間がかかる状況に陥ったとしても、局を回ってデータを回収することは可能であろう。
3月11日は、福島第一では全交流電源を喪失して原子炉の冷却が出来なくなったとみて吉田所長は16時40分に、原子力災害対策特別措置法(電力会社に緊急時通報の義務があるという)に基き、経済産業省、福島県、大熊町、双葉町あてにファックス送信(第2報ファックス)を行なっている。
”詳細状況は不明だが原発に異常事態が発生している”という状況になったのであるから、原発周辺地域の環境モニタリング・データの収集は緊急かつ重要なファクターになる。
”係りの職員が全員逃げてしまった”とでも言うなら別だが、モニタリング・データはほぼリアルタイムで、12日の空間放射線量最大値を観測した時も把握されていたことであろう。
少なくとも1年半もデータを把握するのにかかるような話ではないから、何かの都合で1年半公表を控えていたのであろう。
1.59mSv/hという値は、一般人の年間被曝限度である1mSvどころか、放射線作業従事者の年間許容被曝限度である20mSvに12時間半で達する放射線量である。
こうゆうデータを住民に隠して、「直ちに健康に影響は無い」などと言うのは、犯罪行為である!と、中部大学の武田邦彦教授などが怒るのも当然である。(時事寸評 福島 最大の線量率(1時間1.6ミリシーベルト!)
福島県知事は憮然とした表情で東電や政府などの謝罪訪問を受け入れて、”全くの被害者”の立場の顔を見せていたが、なかなかどうして。
心配なのは他にも隠してることがある可能性が考えられてしまうことである。
福島産の農産物や水産物にも、1年半くらい経ってから、あんたの食べたもの実は放射線最大の大当たりでしたwというのではシャレにもならない。
現在も続く、こうゆう非常事態下では特に最も大切である「信用」というものを、福島県自らが失うような真似をしてどうするのか。
備考:
「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震について」の政府緊急災害対策本部による12日2050時点での発表だが、これによると原発敷地内のモニタリングポストMP4において、12日1529時に1015μSv/hの高い放射線が記録されたとしている。
双葉町で、1590μSv/hが記録されたのは12日1500であるから、データには整合性がなく、謎が多い。
何を信じてよいのやら(苦笑)
「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震について」
◇◇◇引用:日経
事故翌日の双葉町で1590マイクロシーベルト 原発外では最大
2012/9/21 23:27 ニュースソース 日本経済新聞 電子版 福島県は21日、東京電力福島第1原子力発電所事故が起きた昨年3月11日から31日までの、放射性物質の飛散状況をモニタリングポストで観測した結果を公表した。空間放射線量の最大値は、原発から北西に約5.6キロの双葉町上羽鳥で、12日午後3時に毎時1590マイクロシーベルトを記録した。
県によると、原発敷地外ではこれまでで最も高い。一般の人の被曝(ひばく)線量限度は年間1ミリシーベルト(千マイクロシーベルト)で、これを1時間で超える数値。
同原発1号機では12日午前に格納容器の圧力を下げる蒸気排出(ベント)作業を開始。午後2時半ごろ、格納容器の圧力が低下し、午後3時36分ごろ水素爆発した。1590マイクロシーベルトを記録したのは爆発の前。県は「爆発の前から放射性物質が漏れ出していたと考えられる」としている。
県は原発周辺25カ所のモニタリングポストについて、震災や津波で通信回線が途絶えるなどした箇所があったため、データの回収を進めていた。〔共同〕
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG21058_R20C12A9CR8000/
◇◇◇
◇◇◇引用:河北新報
水素爆発前に線量急上昇 福島第1事故直後 福島・双葉町
福島第1原発事故で、福島県が双葉町に設けたモニタリングポストが事故直後の昨年3月12日、最高毎時1590マイクロシーベルトの空間放射線量を計測していたことが21日、分かった。県によると、原発敷地外でこれほど高い線量が計測された例はない。
ポストの設置地点は原発の北西約5.6キロの双葉町上羽鳥地区で、最高値は最初の水素爆発となる1号機の爆発が起きる約30分前の12日午後3時に計測された。
計測値は12日午前に上昇を始めていて、県原子力安全対策課は「何らかの原因で放射性物質の漏えいがあったと思われる」としている。同日午前に原子炉格納容器の圧力を下げるベントが始まったが、その影響は考えにくいという。
県は原発事故で計測値の送信が途絶えたポストのうち19地点のポストに残っているデータを回収し、分析した。原発北側では12日ごろ、南側は15日ごろに線量の上昇やピークの傾向がみられる。
2012年09月22日土曜日
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/09/20120922t63021.htm
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◇◇◇引用:朝日新聞
福島・双葉町、事故直後1590マイクロシーベルト
福島県は21日、東京電力福島第一原発の周辺で昨年3月に測定した空間放射線量の結果を発表した。同原発から北西5.6キロの双葉町上羽鳥で毎時1590マイクロシーベルトと、発電所の敷地外では、県がこれまでに把握している中では最も高い値が出た。
原発周辺に設置されていた19局のモニタリングポストに残っていた昨年3月11日~31日のデータを取りまとめた。双葉町山田では16日午前0時に同1020マイクロシーベルト、同町新山で12日午後5時に毎時904マイクロシーベルトだった。
県によると、原発の北側のモニタリングポストでは12日から、楢葉町や広野町など南側は15日から放射線量が上がる傾向があった。
また、上羽鳥の場合、同原発1号機の水素爆発よりも前の12日午後3時に最大値を観測しており、県は「爆発前から放射性物質が漏れていた」と見ている。今後、風向きや風速など、詳細な分析をするという。
http://www.asahi.com/national/update/0922/TKY201209220154.html
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